2002年度植え付け状況・2003年のニュース
(2002/3/7,8,9)


2年もの200本
        (品種はすべてハイブッシュ系にしました)

      ジャージー   100本
      ウエマンス   25本
      パープルジュエリー 25本
      コリンズ 25本
      スタンリー 25本

                         実生苗224本
                       (仙台の遠藤慎一さんからいただきました)

                          ブリギッタ   84本(ハイブッシュ系)
                          クライマックス 140本(ラビットアイ系)

    
ピートモスと鹿沼土で用土作り            用土と現場の土を混ぜる

     

  
実生苗                 間隔を詰めて仮り植えにしました


 「花夢果夢」に植えたブルーベリーは700本になりました。
 最初に植えたのは1999年です。
 今年あたりから、少しは収穫できるでしょう。
 モグラの被害がひどく、昨年は35本枯れました。
 撃退法を研究中です。

  (このページの写真は岡部正彦さんの協力を得ています)


 
中国新聞(2002年5月15日)

 【記事全文】
故郷の田布施町に観光ブルーベリー農園を開きたい、というテレビプロデューサー田川一郎さん(63)=東京都立川市=の夢が軌道に乗り始めた。
三年前から同町矢田部の畑に植え続ける木は七百本になり、目指すオ二00四年のオープンが実現しそうだ。
農園の名前は「花夢果夢(カムカム)」に決めてある。
三月には四百本の苗を植えた。二十センチほどに育ち白い花を咲かせた。
昨年までに植えた三百本は一メートル以上になり、二ミリほどの実もちらほら。
夏には、町内の洋菓子店に提供できるぐらいの収穫も見込めそうだ。
「本数のめどは立った。あとは順調に実をつけてくれれば」と願う。
今春、東京のテレビ制作会社を定年退職した。
フリーとして番組制作は続けるが、一年の半分は田布施に戻る。
これまで近所に委託していた畑の管理もし、本格的なオープン準備に入る。
ブルーベリーとの出会いは四年前、立川の農園。子どものころ山で摘んで食べたコケモモの味が懐かしかった。
食べるだけでは飽き足らず、九九年に田布施の実家の休耕田約五アールをブルーベリー畑に改良した。
通常は一本に四キロ実がなる。順調にいけば、二年後には七百本から大量の収穫が見込める。
将来的には摘み取り以外にジャムやアイスクリームへの加工も考えている。
放送局を含め四十年以上も番組作りにかかわった。百八十度も変わった第二の人生。
「ものを作って提供するのは同じだが、テレビと違い味などの反応が伝わってくる。やりがいがある。この農園で“摘みたての味”を楽しんでほしい」と、オープンを待ちわびている。




排水溝工事(2002年10月19日)
ここは水田でした。
水田は水を溜めて逃がさないような構造になっています。
樹木には適しません。
ちょっと大がかりな排水工事をやりました。







2003年のニュース


草取りボランティア

河内美鈴さんはフラワーアレンジメントの先生です。その生徒さん4名が草取りに来てくれました。
松村盛夏さんの指導で汗を流してくれました。
“実ったら自由に食べていい”が条件です。
(2003/4/29)







防鳥対策

昨年ヒヨドリに食べられた経験から、今年は二つの畑にネットを、その他の畑には爆音装置を設置しました。


彼岸花を2,000球、畑の回りに植えました。
球根に毒があるからモグラが来ない、と聞いたからです。
(2003/6/8)




                        テレビ中継


ボクが出演中の『ほっと土曜日』が中継をやってくれました。
ボクと松村さんが出演して、農園作りの苦労やブルーベリーの効用について話しました。
ブルーベリーを使った料理も紹介されました。
ちなみに、スペアリブをブルーベリーで煮込んだ煮込み料理でした。
素晴らしい味でした。

番組の中で二つ冗談をやりました。
【ジョーク1】
モグラの被害が甚大で僕らはいつもモグラ叩きの練習をしています。
【ジョーク2】
ブルーベリーを食べると目が良くなるのでメガネが不要になります。
メガネの墓場を作りました。
   (2003/7/5)



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