あいさつチャンネル

message    このホームページには、私の思い出や大切なものがたくさん詰まっています。
少しでも、テレビにない私を見つけたり、共感していただけたら、と願っています。
 どうぞごゆっくり、トットチャンネルを楽しんでいって下さい。

 (このページには、予定などのお知らせを書き込みますので、時々覗いてください。)  


チャリティーバザー(2008.12.13)

私がこの1年間使用した衣装、クイズの賞品、私物などを提供します。
第36回「憩いの家」チャリティーバザー
    憩いの家とは、自立をめざす子どもたちのための自立支援ホームです。
日時:2008年12月18日(木)〜25日(木)
場所:日本橋高島屋8階催事場

放送開始30年記念展『徹子の部屋』物語(2006.5.17)



場所:日本橋高島屋8階ホール
日時:2006年5月17日〜22日まで

大阪高島屋 2006年8月9日〜14日
名古屋高島屋 2006年8月30日〜9月4日

『徹子の部屋』30周年(2006.2.6)



「徹子の部屋」が30周年を迎えました。
 本当にありがとうございます。
 一度も休むことなく続けて来られたということは、私が健康に恵まれたということもありますが、それよりなにより、皆様が見てくださったということです。
 視聴率が悪ければ、つまり、見てくださる人が少なければ、番組は中止になります。
 支えてくださったのは皆様です。感謝します。
 30年間、貫いてきたことがあります。
 編集はしない。ゲストの方に語っていただいた、そのままを手を加えないで放送する。
 スキャンダルは扱わない。ゲストの方が、聞いて欲しくないことは聞かない。
 制作スタッフは変更しない。(とはいえ、30年間続いていますから定年になっておやめになった方も何人もいらっしゃいます。亡くなられた方も・・・)
 こんなポリシーが皆様に愛された理由かも知れません。
 私はまだ元気です。100歳まで続けるつもりで、体を鍛えています。
 100歳になったらどんなインタビューができるだろうかとワクワクします。
 もう、何でも聞けると思うんです。今だと、まだ、ナマナマしいことでも、100歳になれば、もう怖いものナシだと思います。
 100歳でユーモアもあり、スッパスッパとお話が聞ける!!!
 ご期待ください。

 これからもよろしくお願いいたします。
 100歳まで続けられるかどうかも、皆様の応援にかかていますので!

 

『徹子の部屋』30周年番組(2005.5.5)


5月8日(日曜日)ごご2時から2時間スペシャル!!

ゴールデンウイークが 終って やれやれと 家に ぐったりのときに 見て 頂こうという 考えです
スタジオを出て かなり いろんな人達と 外で 会って 面白かったです 見ていただけると うれしいです
森 光子さん 渡辺謙さん タモリさん 松田聖子さん そして わたしが 白柳リリー とし 昔の 徹子の部屋を見て なんだかんだ といったり 
スタッフ 全力で やったので 力作? です
私は まだ 見てませんが スタッフによると 面白く できあがっているそうです

『視点論点』へ出演(2005.4.6)


急なお知らせですが、4月6日 NHK教育の『視点論点』(よる10:50〜11:00)に出演します。
テーマはスマトラ島沖地震・津波の報告です。

津波被害視察へ(2005.2.1)


2月2日から6日まで、インドネシアのバンダアチェへ出かけます。
もっと早くと、思っていましたが、スケジュール調整に時間がかかりました。でも、まだまだ現地には問題山積で、多くの困難が残っています。少しでもお役に立てばと思っています。
帰国後、2月7日(月曜日)に記者報告会をします。
2月10日(木曜日)にお昼のワイドショー『ワイドスクランブル』(テレビ朝日系)で報告します。
『徹子の部屋』でも放送しますが、日にちは未定です。
では、行ってきます。

〈追記〉
 皆様からいただいた寄付の記事がユニセフの公式サイトで紹介されています。
 ありがとうございます。

帰国報告(2004.8.17)




コンゴ民主共和国へ行ってまいりました。詳しくは来月の『小説新潮』を読んでいただければ嬉しいです。
内戦があり、武装勢力が少女たちをレイプし、少年に銃を持たせて少年兵にしたという悲惨な状況にあるにしても、私は5歳の少女が2回もレイプされたという現実、私はその子と半日過ごしたのですが、その子はショックで口を利きませんでした。別れ際に、「字を勉強してね、そうすれば、私たちはお手紙のやりとりが出来るから」そう言って、「私の名前は徹子よ」と彼女に言いました。そしたら、彼女は私の顔を大きな目で見てから「テツコ」と言いました。
レイプされた女の子ばかりの面倒を見ているここの人たちは、彼女の名前はクリスティーナといいましたが、クリスティーナが口を利いたと一斉に驚いていました。
5歳の女の子をレイプするなんて、言葉もありませんが、実は、理由の一つは、エイズに罹っている男の人は、処女と性交渉をするとエイズが治るという根もない噂を信じて、もっと小さい3歳の子もレイプされたと聞きました。
また、昨年行ったシエラレオーネと同じように、8歳くらいから銃を持たされ少年兵にさせられた男の子にも沢山会いました。
まだ内戦は続いています。いまでも少年兵はたくさんいて、10歳くらいでレイプされた少女は売春婦のように連れ歩かれています。
ダイヤモンドや金が取れるリッチな国であるはずのコンゴが、この他にも、あふれかえるストリートチルドレン、ほとんどの人が月給ももらえないで働いている、そんな状態なのです。
結局戦争になれば国費は武器に使われ、子どもの生活はこうなるのです。
60年間戦争のない日本、つくづくありがたいと思いました。
どうぞ、みなさんも、平和がどんなに大切か、改めて考えてみてください。
私のコンゴ報告は、10月3日のごご2時からのスペシャル番組と、「徹子の部屋」では、10月中に放送する予定です。
同じ地球の上で、想像もつかない悲惨なことが実際に起こっています。
取りあえず、ご報告をしておきます。

ユニセフのサイトでも私のコンゴ訪問が紹介されています。英語版ですが、ご覧下さい。

 

コンゴ民主共和国へ(2004.8.1)


8月5日から8月14日まで、アフリカ大陸の中央部にあるコンゴ民主共和国(旧ザイール)へ取材に行きます。
豊富な地下資源に恵まれながら、GDPは世界最低の最貧国です。
9ヶ国に国境を接し、隣国との争いや内戦で疲弊し切っています。
子どもたちの状況をつぶさに見てきます。このサイトや、放送でお知らせします。
番組の放送は10月3日(日曜日)ごご2時からです。(テレビ朝日系列)

教科書に登場(2003.11.22)



平成16年度の大学生向け英語の教科書『ECOLOGY AND BUSINESS』(南雲堂)に登場しました。
文学座やニューヨーク演劇学校での初期の足跡を辿りながら、テレビや舞台、文芸振興に活躍する中で“社会福祉に貢献する姿”が生き生きと紹介されています。





『放浪記』に出演します(2003.11.22)

森光子さんの『放浪記』(芸術座 12/2〜12/28)に出演しますが、チケットは発売と同時に売り切れで、観てください、とお誘いできないのが残念ですが、元気でやっています。

 芸術座は なんと 36年ぶりになります
 最期に 出たのが つまり 36年前ですが 谷崎潤一郎の 台所太平記で 森光子さんも 越路吹雪さんも 私も みんな 谷崎家のお手伝いさんでした
   それから わたしは NYに 行ったりして その後 新劇系の ところに 出演していて この 15年くらいは ル・テアートル銀座(もとセゾン劇場)に 毎年 出ています
 個人的には 森光子さんとは しじゅうFAXを やりとりする仲なんですが いつか 一緒に 芝居やりたいと 言っていて やっと 今回 実現したのです。
 林芙美子の 色んな意味で ライバルといった存在の 日夏京子と いう 役です
 いろいろな方が おやりになっています
 とても 楽しみに 私らしい 日夏京子を 作るべく お稽古に はげんでいます
 まわりの皆さんは もう 何年も やっていらっしゃるので わたしだけが 新参者という 感じです
 でも それが 新鮮でいい と 森さんが おっしゃってくださっているので 安心して でも 緊張して やるべく 資料などもいろいろ 集めて(実在の 人なので。 名前は 違いますが 真剣に取り組んで います

 ところで 驚いた事に 切符が 即日完売!
 いま 切符がなくて いつもだと 何枚か 私の 事務所が獲得しておくのですが 今回は なんとも 手に入らず みんな 困って います

 で これは 1週間前に 聞いたんですが 知り合いが 銀座の金券ショップに行ったら かべに 12月の放浪記の 千秋楽の 切符あります と かいてあったので 念のためと 思って いくら?と 聞いたら な、な、、なんと 15万円! と 言ったのだそうです
 なんか それを 聞いたら 申し訳なくて 詐欺師! と言われないような 演技を しないと と 恐縮しています
 そんなわけで いま 36年ぶりの 芸術座に お久し振り!と 言っているところです
 ちなみに 来年は 3月と4月に 四国と 中国地方に 芝居の旅で 行きます
 芝居は 喜劇キューリー夫人 です
 フランスの いま 一番売れっ子の 劇作家が モリエール賞など いくつも とった 面白い芝居です
 ル・テアートルでもやりました ただ このたびは その地域の 演劇鑑賞会 または市民劇場という のの 会員にならないと 見られないのです
 でも このシステムは アメリカにもない 凄い 演劇を見る良いチャンスの システムなのです
 1ヶ月 2千円くらい(場所によって 多少違うようですが)それを 地域の 演鑑か市民劇場に 毎月払って いただきますと 1年に 5回か 6回 東京などからの 選りすぐった芝居が 見られると いう システムなのです
 テレビとか 映画と 違って 芝居は その場所で みんなが同じ空気を 吸いながら 笑ったり 涙したり出きるのです
 俳優の エネルギーに ふれることも 出きるのです
 今年の 3月と4月は 神奈川県とか 東北とかを 回りました
 今年は 『幸せの背くらべ』と言う芝居で 『キユーリー夫人』と毎年交代で やってます ですから 再来年は 『幸せの背くらべ』と いうわけです
  いま 私が 必死にご説明してるのは なるたけ 若いかたに そう言うのの 会員になって頂いて 芝居を 好きになって 欲しいからなのです。
 少なくとも 私の 出るものは 必ず 見てくださったあとに 元気が出たとか 笑ったとか 感動した とか 言って頂けるものなのです
 お約束します これは 私 ウソつかない です
   まあ 放浪記の話から 逸れましたけど 演劇 芝居をぜひ みて 頂きたいという 御願いになりました
 もよりの 演劇鑑賞会(演鑑) または 市民劇場をたずねて これからさき どういうものが 来るのか 調べてご覧になるのも 面白いと 思います
 ポスターとか チラシとか あまり 必要無いわけですから 会員の数で ホールを借りて 人数と客席を計算して この町では 何日 と言う風に やるわけです
 そして 県の中で いくつかの 町とか市をまわるので 装置なども 近くに運搬するわけだし 俳優も 次の町なりに 電車などで 移動と いうことなので 安く見られと 言うわけです
 もし この システムでなければ とても この お値段では 一ヶ月おきに 質のいい芝居を 見ることは 出来ません
 興味があるかたは チャレンジしてみてください
 ちなみに 来年の四国の旅の まわる 場所を かいて見ます
 そうすれば ほかの 地域のかたは  どのあたりに その 入会する場所があるか 目安になると おもいます
 いま 聞いてるかぎりですので 多少の変更は あるかもしれませんが まず このような 具合です

 来年2004年の 四国と 中国地方です

    3月です 鳴門 徳島 阿南市 松山 中村 須崎 高知市
       前は 宿毛とか いろいろあったのですが、 そして
       尾道 福山 出雲 米子 松江 鳥取
  このあと 4月も つずくのですが ノートに 書いてないので スイマセン 次の機会に かいておきます
 その場所で 何日やるかは 会員の数で 決まると申し上げました。 例えば高知市では 4日間 やります
  勿論 一日のところも あります
 では また ことしも あと少しですが この 1ヶ月を なんとか 充実したものにして 新しい年に はいる!と みんなで 出きるだけの ことを しようでは ございませんか。

  ちょっとのつもりが このように 長くなりました
  おしゃべりのひとは メールも FAXも 長い と 相場は 決まっております。
 うがいを 忘れずに! 手もよく 洗うことも!


取り急ぎの報告(2003.7. 26)

シエラレオネから黒柳です。
西アフリカのシエラレオネに来て、10年続いた内戦の傷跡を見て歩いています。それにしても、おとなの色々な思惑から、こんなにもこどもがひどい目にあわされるなんてと、胸がしめつけられる思いです。
ほんの一つの例です。
昨日会った17歳の女の子です。10歳の時に反政府軍が村に攻め込みました。逃げようとしたら両親は殺されました。自分は兵隊に草むらに連れこまれ、レイプされました。(10歳ですよ)それから、ずーっと敵につれまわされ、食事を作らされたり、荷物を運ばさせられたり、労働をさせられました。そして、その間、ずーっとレイプされ続けました。
相手は、しょっちゅう変わりました。そして、やっと、この国の兵隊に助けられて帰ってきましたが、村には誰もいませんでした。親戚も誰もです。もう戦争が終わって一年以上もたつのに、親戚の叔母さんも叔父さんも帰ってこないということは、死んだのだと思います。(彼女の目から、大きな涙が落ちました。)でも、今は村で染物を習って、それで生活しています。私、黒柳が「でも今にきっとステキな男の人が現れて結婚できると思うから頑張って」といいましたら、「いいえ、両親もいなくてお金もなくて、結婚してくれる人はいないと思います」と下を向いていいました。なぐさめようもなくて、私はやせている彼女を抱きしめました。そして「あなたのママが死んでから、誰かこんな風に抱いてくれた人がいましたか?」と聞いたら、「いいえ、はじめてです」といって泣きました。本当に戦争はこんな風に小さい子供を苦しめるのです。この村で会った女の子のほとんどは同じような目にあっていました。

男の子は少年兵にさせられました。今日難民キャンプであった少年は15歳でした。
この子は隣りのリベリアで少年兵にさせられたのですが、いまリベリアでまた内戦が始まったので、隣りのシオラレオネに逃げてきていて、私と会ったのです。
この子は8歳から少年兵にさせられたと言っていました。15歳とは思えない暗い顔つきの、始終体を動かして居心地が悪そうにしている少年でした。リベリアでもシエラレオネでも少年兵に銃を持たせて撃たせるのですが、自分が撃って人が死んだり、血が流れたりして尻込みしないように、大人は麻薬を使って少年兵をかりたてたと聞きました。その少年に麻薬のことを聞いたら、
「やられました。注射で。コカインとかいろんなものです」
そして6年間も人を殺したわけですが、殺された方からすれば人殺しです。やれとすすめた大人はいつの間にか姿を消していました。彼は昨年、シエラレオネに逃げようと決めました。一緒に逃げてた親切な夫婦が里子にしてくれるといったからです。いま、難民キャンプにこの里親や里親の子どもと暮らしています。
「少年兵だった頃のことを考えてみたことはありますか?」ときいたら、
「いまは、悪いことだったと思っています」といいました。でも8歳のこどもに銃を持たせた大人が悪かったのです。人を殺すと「よくやった」とほめた大人がいけないのです。子どもは大人にほめられれば、嬉しくなってもっとほめてもらおうとするのです。

シエラレオネの少年兵にも会いました。
みんないいたがりませんが、心の傷をいやすためには、話すことも大切なのです。私は3年前リベリアでも何人かの少年兵に会っています。ですから彼等がどんなに混乱し、傷つき悩んでいるかよくわかるのです。今日の15歳の少年に私は「忘れるのよ、そして人を愛してね」といって15歳にしては小柄でやせている少年を抱きました。そしたら、それまで一寸ふてくされているのか、緊張してたのかわからないけれど、感情を出さなかった子が、はじめてこういいました。
「夜、目をつぶると、いろんなことが頭に浮かびます。でもいま、一番会いたいのは、本当のお父さんとお母さんです。両親に会いたいです。会いたいんです」
男の子は、両親に抱きしめてもらいたいというジェスチャーをして、雨に濡れた毛糸の帽子で目をこすりました。泣いているところを見せたくなかったのでしょう。
なんとか言っても15歳です。8歳から少年兵になっていた少年は、両親とも、はなればなれだったのです。沢山、人を殺してしまって心から苦しんでいる少年は、隣りの国の難民キャンプで、なつかしい、どこかにいるかもしれない親に、いま本当に会って、なぐさめてもらいたいと願っているのです。でも、いつ帰れるかは、わかりません。精一杯、強がって見せていた少年の本心がわかって、私も隠れて涙したのです。
8月8日(金)ニュースステーションで報告します。見てくださいね。
軍隊用のヘリコプターの中で。


今年のユニセフミッション(2003.7. 11)

7月16日から22日まで西アフリカのシエラレオネへ行きます。
北海道くらいの小さな国です。
昨年まで内戦が10年間も続いていました。
反政府軍の民間人への残忍な行為(手足を切ったり少年に麻薬を与え、兵隊として働かせたり)は世界を震撼させました。
ダイヤモンドの採掘権では、隣国のリベリアが深く関与しました。
帰国後、8月8日のニュースステーションで一部を報告します。
90分の本編の放送は9月28日(日曜)ごご2時からです。


叙勲(2003.4. 29)

嬉しいことに、たいへん名誉なご褒美をいただくことになりました。
『勲三等瑞宝章』といいます。
 ユニセフ親善大使の活動に対してです。
 1984年に就任以来、20ヶ国を訪ね、地球上に存在する不平等や貧困を見てきました。
 内戦で学校が破壊されて勉強が出来ない子どもたち、少年兵として人殺しをさせられた子どもたち、予防注射が受けられず、破傷風で死んでいく子どもたち。
 一人でも二人でも、助けられたら嬉しいと思い、続けてきました。

   この仕事を引き受けていなかったら、世界にこんな不幸な子どもたちがいる事を知らずに人生を終えていたでしょう。
 それは、私の人生にとって不幸なことでした。
 私の通った小学校には、小児麻痺の子やその他の障害を持った子どもたちがいました。
 校長先生はいつも「みんな一緒だよ」とおっしゃっていました。
 その言葉をいまも覚えていて、大人になった今、世界の子どもたちに対しても、同じ考えでいよう、と思っているのです。
 大それた事をしようとは思っていません。でも、その考えが評価されたことは、とても嬉しいことです。

 国連のアナン事務総長の言葉を思い出します。
 「名前のある人は、それなりの役割があります」
 俳優である私が活動することで、みなさんの関心が高まり、国際貢献を意識してくださるようになったとすれば嬉しいことです。
 100歳まで役者でありたい、100歳までユニセフ親善大使でありたい、と思って体を鍛えています。
 最後に、このご褒美は、皆様のご協力がなければ、いただけなかった事をつけ加え、厚く御礼を申し上げる次第です。

   (4月28日に行われた記者会見での発言を要約して掲載しました。文責・田川)

 


今年のユニセフミッション(2002.6. 10)

 7月24日から1週間の予定で、東アフリカのソマリアへ行きます。
 今回が20回目の途上国訪問になります。
 ソマリアには、国を実効支配し国際的に承認された政府がありません。
 パスポートもビザも無しで入国します。
 政府のない国へ行くのは初めてです。2月に行ったアフガニスタンには、すでに、カルザイさんの暫定行政機構が出来ていましたから、ビザは空港で発給されました。

   1991年にバレ大統領が追放されてから混乱が始まります。
 “氏族”といわれる部族の抗争が激しさを増し、インフラは破壊され、経済基盤は壊滅的打撃を受けています。
 干ばつの影響もあって人口の三分の一が飢餓に直面しているそうです。
 マラリアやコレラの流行も報告されています。

   放送日が決まりました。

8月16日(金曜日)ニュースステーションで報告します。
9月22日(日曜日)ごご2時から90分のドキュメンタリーとして放送します。
          (いずれもテレビ朝日系)

   


今年のユニセフミッション(2002.1.27)

昨年に続き、アフガニスタンへ行きます。(1/31〜2/9)
同じ国へ2度行ったことはありませんが、爆撃後の子どもたちがどんな状態なのか心配で仕方ないので、行くことに決めました。

放送予定(いずれもテレビ朝日系列)

2月15日(金曜日)『ニュースステーション』で報告。
2月18日(月曜日)『スーパーモーニング』で報告。
2月28日(木曜日)『徹子の部屋』で報告。(加藤登紀子さんが出演します)
3月21日(木曜日・春分の日)『爆撃後の子どもたち』〜黒柳徹子のアフガニスタン報告〜
 ごご1時55分から1時間番組です。
(テレビ朝日・瀬戸内海放送・山口朝日放送・新潟テレビ21の4局で放送)
4月28日(日曜日)静岡朝日テレビ 25:55 から
5月6日(月曜日) 朝日ニュースター(CS放送)17:55から
5月11日(土曜日)朝日ニュースター 17:00から
6月8日(土曜日)朝日ニュースター 16:00から


トークショー(2001.11.16)

小説新潮に連載していましたエッセイが本になりました。
『小さいときから考えてきたこと』(新潮社・11/22発売)
記念してトークショーを開きます。
12月8日(土曜)ごご2時30分(よみうりホール)
チケットは前売りのみ:チケットぴあ 03-5237-9999
3,800円(サイン入り著書付き)

第一部 田沼武能(写真家)+黒柳徹子
 スライド上映「世界の子どもたち」
第二部 小沢昭一+黒柳徹子
     「私たちが子どもだったころ」


今年のユニセフミッション(2001.6.23)

アフガニスタンへ行きます。7月18日から28日まで。
タリバン政権に対して、世界が経済制裁をしています。
加えて、3年続きの干ばつだそうです。
子どもたちの状況は最悪といわれています。
最高気温は50度くらいになります。
戒律の厳しいイスラム社会ですから、肌や顔を隠すための衣服を着なければなりません。

放送予定は次の通りです。
ニュースステーション 8月17日(金曜日)
ドキュメンタリー(90分)9月30日(日曜日)


『徹子の部屋』25周年(2001.1.20)

お陰様で、2001年2月で25周年を迎えます。
“感動がなくなったら辞めよう”と思っていますが、まだ、お迎えしたゲストの方々のひたむきな生き方に感動し続けています。
先日、記者懇談会を催していただきました。
写真は、その時のものです。
引き続き、よろしくお願いいたします。



小説新潮(1月号)(2000.12.24)

「小さいときから考えてきたこと」というタイトルで隔月、書いています。
 1月号は、リベリアで見た陸を歩く“ししゃも”の話と、医者だった“祖父”の思い出を書きました。
“祖父”は一生涯、無医村を回る医師でした。
ユニセフの仕事でアフリカなど、医師のいない砂漠の村を訪ねたとき、いつも“祖父”の事を思い出します。
もし生きていたら、“国境のない医師団”に入って、こういうところに来ているだろうな、と。



今年のユニセフミッション。(2000.7.23)

 リベリアへ行きます。
 リベリアは西アフリカにある人口250万人ほどの小さな国です。
 リベリアという国名は“自由”を意味します。
 アメリカから解放された黒人奴隷を受け入れる国として19世紀初頭に建国されました。
 ドゥ大統領の長期政権が腐敗し、反政府軍が反乱を起こし、7年間もの内戦が続きました。
 内戦が終って5年が経過しますが、国民生活の危機は去っていません。
 国連はリベリアを“忘れられた緊急事態”の国と呼んでいます。
 8月16日に日本を出発して1週間の予定で取材をします。
 私が学び経験したことを以下の放送でお知らせします。

 9月22日(金曜日)午後9時56分から「ニュースステーション」
 9月24日(日曜日)午後2時から「少年は銃で人を殺した〜黒柳徹子のリベリア報告〜」
 12月19日(火曜日)「徹子の部屋」で放送予定。
 


今年のユニセフミッション。(1999.7.7)

コソボへ行きます。
民族浄化、空爆、難民となったアルバニア系住民たち。帰還が始まりましたが、村や家は破壊されて正常な生活が出来るはずがありません。
そんな中で子供達はどうしているでしょうか、気がかりでなりません。

7月21日に日本を出て月末まで取材をします。
まず、
8月20日(金曜日)に『ニュースステーション』で報告します。
『徹子の部屋』でも放送します。放送日は8月30日(月曜日)ごご1時20分からです。
90分のドキュメンタリー番組の放送は10月3日(日曜日)ごご2時からです。


今年のユニセフミッション。(1998.8.24)

東アフリカのウガンダに行きます。
この国の子供達は反政府ゲリラに誘拐され、少年兵として使われたあげく暴行、拷問、レイプなど悲惨な目に遭っています。
連れ戻されても、強度な精神障害に陥っている場合が多いのです。またエイズの問題も深刻な国です。
日程は9月17日から27日までです。
放送は11月22日(日曜日)午後2時からテレビ朝日です。
今秋の私の芝居もよろしくお願いします。
『マカロニ金融』は私の初めての演出作品です。
出演はしません。
舞台チャンネルを覗いて下さい。


新星日本交響楽団の理事長に就任しました。(1997.8.6)

 新星日本交響楽団に対しての、みなさまのご支援、ご親切、心から感謝しております。
 さて、この度、私、財団法人新星日本交響楽団理事会におきまして、理事長に任命されました。
長いこと理事はさせて頂きましたが、理事長は、私に大役すぎる、と思いました。
 一度はおことわりしましたが、新星日本交響楽団がめざす「音楽によって心豊かな社会づくりに貢献する」というテーマは、二十一世紀を目前にした今日、私にも、とても大切なことでございます。
色々考えたすえ、未来に希望が持てるような音楽、人びとの心を豊かにするこの素晴らしい文化を、新星日響のみなさんと一緒にもっと広げてゆくために、お役に立てるならと、決心いたしました。
私の父はヴァイオリニストでしたが、何よりもオーケストラが好きでした。私も母のお腹にいた時からオーケストラを聞いていました。
 そして、私もオーケストラが大好きです。
 それにしましてもオーケストラの理事長というのは初めてでございますので、いたらないことも多いと存じます。
みなさまの御意見を伺いつつ出来る限りのことを、やらせていただこうと思っております。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。


ある日の一コマ

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birthday03  8月9日は、私の誕生日です。
 今年は金曜日で、(徹子の部屋の)打ち合わせの日でしたのでスタッフルームでスタッフのみなさんが、お祝いしてくださいました。
 この日は長崎に原爆の落ちた日ですから、お祝いは、自分では一度もしたことがありませんでしたが、とても嬉しいです。

(1996.8.9)

birthday02


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